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秋田地方裁判所 昭和36年(ワ)96号 判決

原告 天王町出戸江川土地改良区

被告 高橋万吉 外一名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代表者は「原告に対し一、被告高橋万吉は金十五万八百四十五円及び内金四万二千四百八十円に対する昭和三十三年八月三十一日以降内金一万九千七百円に対する昭和三十二年五月一日以降、内金二千九千五百五十五円に対する昭和三十三年五月一日以降、内金二万九千五百五十五円に対する昭和三十三年十二月一日以降、内金二万九千五百五十五円に対する昭和三十四年十月十一日以降、何れも昭和三十五年五月三日まで百円につき一日金三銭の、右全額に対する同年五月四日以降完済に至るまで百円につき一日金四銭の各割合による金員を、二、被告鎌田東治郎は金十三万八百二十円及び内金三万六千三百九十五円に対する昭和三十一年十月二十一日以降、内金一万五千八百五十円に対する昭和三十二年五月一日以降、内金二万七千六百七十円に対する昭和三十三年五月一日以降、内金二万七千六百七十円に対する昭和三十三年十二月一日以降、内金二万二千三百九十円に対する昭和三十四年十月十一日以降何れも昭和三十五年五月三日まで百円につき一日金三銭の、右金額に対する同年五月四日以降、内金八百四十五円に対する同年十月五日以降何れも完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。」との判決を求め、その請求の原因として

原告は南秋田郡天王町出戸江川地区の農地の所有者らを組合員として土地改良法に基いて設立された土地改良区であり、被告らは何れもその組合員である。ところで原告は土地改良法第三十六条及び定款の定めるところに従い、原告土地改良区の事業に要する経費として一、被告高橋万吉に対し昭和三十年度分金四万二千四百八十円を納付期限同年十一月十五日、昭和三十一年度分金一万九千七百円を納付期限昭和三十二年四月三十日、昭和三十二年度分金二万九千五百五十円を納付期限昭和三十三年四月三十日、昭和三十三年度分金二万九千五百五十五円を納付期限同年十一月三十日、昭和三十四年度分金二万九千五百五十五円を納付期限同年十月十日と定めてそれぞれ賦課し、二、被告鎌田東治郎に対し昭和二十九年度分金八百四十五円を納付期限昭和三十年四月三十日、昭和三十年度分金三万六千三百九十五円を納付期限同年十一月十五日、昭和三十一年度分金一万五千八百五十円を納付期限昭和三十三年四月三十日、昭和三十二年度分金二万七千六百七十円を納付期限昭和三十三年四月三十日、昭和三十三年度分金二万七千六百七十円を納付期限同年十一月三十日、昭和三十四年度分金二万二千三百九十円を納付期限同年十月十日と定めてそれぞれ賦課した。被告らは何れも右賦課金を支払わないが、土地改良法第三十七条に基く昭和三十五年五月三日まで有効であつた原告の定款第四十四条には賦課金の納付を怠つた場合百円につき一日金三銭の、同年五月四日以降変更された同条には同じく一日金四銭の過怠金の定めがある。従つて原告は被告らに対し請求の趣旨に述べた通り賦課金及びこれに対する過怠金の支払を求めるため本訴請求に及んだものであると述べた。

被告高橋万吉の訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として被告高橋が原告土地改良区の組合員であること及び原告主張のような賦課処分のあつたことは認めるが、その余の点は争うと述べた。

理由

先ず職権をもつて本訴における原告適格と訴の利益について調べてみる。原告土地改良区が土地改良法に基いて設立された法人であることはその表示自体から明らかである(同法第十四条参照)。ところで土地改良区がその経費に充てるため組合員に対して賦課する金銭はそれが法人の構成員に対する関係において租税債権とは異るが、なおこれを私経済上の金銭債権と同一に解するわけにはいかない。何となれば土地改良区は当該地区内にある土地につき土地改良法第三条所定の土地の所有者、耕作者らをその意思に拘らず組合員とし(同法第十一条)、且つ金銭等を賦課すべき根拠となる定款の作成、変更も組合員全員の意思に基くものではないからである(同法第七条第一項、第三十三条第一号参照)。即ち、土地改良区は農業経営を合理化し、農業生産力を発展させるため、農地の改良、開発、保全及び集団化等の国家目的を遂行する必要から法律に基き行政権を附与された公法人であつて、その金銭等の賦課処分は換地処分と同様行政処分と解するのを相当とする。従つて、賦課処分に基く権利関係も公法上の関係であるし、土地改良区の有する賦課金請求権も公法上の債権といわなくてはならない。かように金銭等の賦課処分を行政処分として考えれば、この処分に組合員は拘束され、賦課された金銭等を給付すべき義務を負担するのであるが、組合員において義務の履行を怠つている場合には土地改良区は同法第三十八条同法施行令第四十八条によりその組合員の居住する市町村にこの徴収を委任し(夫役又は現品の賦課は同法第三十六条第二項第五号により金銭に算出されているから、この金額を徴収することになる。)、市町村は地方税の滞納処分の例による処分即ち差押、公売等により賦課金債権を確保することができるし、又市町村において右の手続を怠つている場合には都道府県知事の認可を受けた上で、土地改良区が自ら地方税の滞納処分の例によつて差押、公売手続を進め賦課金を徴収しうるのである。

このように、賦課金債権については、行政上の債権として、行政作用による強制履行の途が行政主体みずからの手に確保されているだけでなく、その原因たる賦課処分は、行政処分として、取消されるまでは一応有効なものとして取り扱われるのである。そして、行政作用といい、司法作用というも、それはひとしく国家の統治作用の一面なのであるから、このような強制権能を有する行政主体自身が、司法裁判所に対し行政上の債権の確定及び強制履行を求めるため訴を提起し、民事訴訟制度を利用しようとすることは、屋上屋を重ねることであつて、少しもその利益がないだけでなく、制度上許されないと解すべきである。換言すれば、行政主体はこの場合原告たる適格を有しないのである。(もちろん行政処分を受けた国民の側から行政処分の効力を争い、これにもとずく行政上の債権の不存在確認を訴求することが許されるのは当然であつて、それは以上述べたところとは別箇の問題である。又私法上の債権について執行認諾を附した公正証書が存在する場合に、同一債権について給付訴訟を提起できるか否かという問題もこれと趣を異にする。)

原告の本件訴は、右のような賦課処分に基く金銭債権を請求するものであることがその主張自体から明らかであるから、本件訴は本案について判断するまでもなく不適法として却下を免れない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均 浜秀和 高木実)

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